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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)3162号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

畠山国重

鍵尾丞治

被告

乙山好子

右訴訟代理人弁護士

門好孝

主文

一  被告は原告に対し金一五〇万円及びこれに対する昭和六〇年一二月八日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  原告の請求原因

一  原告(昭和二五年九月二日生)は、昭和五二年一〇月一五日訴外甲野太郎(昭和二三年一〇月九日生。以下「太郎」という。)と婚姻の届出をして夫婦となり、同人との間に長男一郎(昭和五三年一一月七日生)、長女春子(昭和五五年九月二七日生)の二子をもうけている。

二  被告(昭和二八年五月三一日生)は、離婚した夫である訴外乙川次郎との間にできた長女夏子と二人で暮らしていたが、昭和五九年四月ころ、原告の夫の太郎が経営する有限会社○○エンジニアリング(以下「○○エンジニアリング」という。)に入社し、太郎を知ることになつた。

三  そして、被告は、太郎に原告や子供があることを知りながら、昭和五九年一〇月ころから太郎と情交関係を結ぶようになつた。また、被告は、昭和六〇年に入つて、太郎の経営する飲食店「×××」の店長になつている。

四  被告の右行為により、原告は、夫の太郎に対して貞操を求める権利や妻としての名誉、自由を侵害され、現在夫との間で離婚の危機に瀕している。

五  よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき慰藉料一〇〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  請求原因に対する被告の認否

一  請求原因一、二は認める。

二  同三、四は否認する。

三  同五は争う。

第四  証拠〈省略〉

理由

一請求原因一のとおり、原告と太郎が昭和五二年一〇月に婚姻届出をした夫婦であり、両者の間に八歳と六歳の二子があること、同二のとおり、被告は離婚した前夫との間の子を育てながら、太郎の経営する○○エンジニアリングに入社し、太郎を知るに至つたこと、以上は当事者間に争いがない。

二そこで、太郎と被告との間にいかなる関係があるのか、また、それにより原告がいかなる精神的苦痛を被つているのかを検討する。

右一の争いのない事実に加えて、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  太郎は、山形県出身で以前は勤め人であつたが、昭和四八年七月に独立して○○エンジニアリングを設立し、さらに昭和五九年八月には関連会社を設立し、四階建の自社ビルを所有するに至つていること、太郎は、その間、横浜出身の原告と結婚し、二子をもうけていること、原告の肩書住所地は、昭和五六年七月に太郎と原告の夫婦で購入したものであること、右のとおり、原告らは、結婚後七年間はいわば順調に、少なくとも外見的には何の問題もない夫婦として過ごしてきたこと、

2  他方、被告は、岩手県の高校卒業後、横浜にいる姉を頼つて横浜に出て来て就職し、昭和四九年六月乙川次郎と結婚し、同人の実家のある水戸で昭和五二年から同五九年初めころまで過ごしたこと、しかし、乙川次郎がサラ金に二度も手を出して問題を起こしたこと等が原因となつて、被告は昭和五九年四月ころ同人と協議離婚し、同人との間に生まれた長女(昭和五一年九月二日生)を連れて再び横浜に出、昭和五九年七月職業安定所の紹介で太郎の経営する○○エンジニアリングに入社したこと、

3  太郎は、原告との婚姻生活にやや不満を持つていたためか、○○エンジニアリングへ入社後の被告へ接近し、昭和六〇年当初には被告と情交関係を有するに至つたこと、○○エンジニアリングは設計、製図等を目的とする会社であるが、太郎は、昭和六〇年四月には「×××」というレストランを開業し、被告にこれを管理させたこと、この当時、被告は、子供の世話等のために家政婦を頼んでいたが、その費用月額六万円の大半は○○エンジニアリングが負担していたこと、

4  太郎はどちらかといえば隠し事の下手な面があり、他方原告は几帳面な性格であるためか、太郎と被告に情交関係があることは、程なく原告の知るところとなつたこと、原告は、この問題につき、太郎に懇願して改めさせようとしたのではなく、いわば詰問してこれを改めさせようとしたこと、太郎は、一時の浮気というよりもかなり真剣に被告に接近していたためか、原告の言葉に耳を傾けず、原告から何か言われれば、反対にますます被告に接近していつたこと、そして、昭和六〇年五月ころから七月ころにかけては、太郎は、連日朝帰りに近い状態で被告のところへ通つていたこと、また、同年七月七日には太郎から原告に対し離婚の申し出がなされ、太郎は、同月一二日から二四日までは身の回りの品を持つて自宅を出、被告と過ごしたこと、

昭和六〇年七月二四日に帰宅したものの、太郎は、被告の許へ出かけ朝帰りや外泊が続いたこと、同年八月一七日に、太郎、原告及び両名の兄弟・姉妹等が集まつて協議したが、太郎が感情的になつてしまい、結局、しばらく別居して冷却期間を置き、原告らが被告と会つて被告の考えを聞くことになつたこと、

5  その結果、太郎は同年八月二〇日に自宅を出て、横浜市保土ケ谷区仏向町のアパート△△荘に住み始め、以来今日まで、原告と太郎は完全な別居状態にあること、また、太郎は、同月一八日に横浜家裁へ離婚の調停を申し立てたが、これは不調に終わつたこと、

太郎は、昭和六一年五月には、住居を前記の△△荘から同区桜ケ丘の○△荘に変更したが、それらの契約締結や引越し等については被告が太郎の妻のように処理したこと、

一方、原告は、昭和六〇年八月一八日に、「×××」に被告を訪ね、被告の考えを聞き、また、被告の姉や被告の前夫の連絡先を探し出し、同人らに解決方を依頼するまでに及んだが、そういつたことがかえつて太郎の気持を原告から遠ざけてしまつたこと、

6  被告は、昭和六〇年一二月に肩書住所地に転居しているところ、太郎は、昭和六一年五月以降前記○△荘ではほとんど過ごさずに被告の許で生活していること、

7  被告は、太郎に原告ら妻子があることを知りながら、太郎の接近にさしたる抵抗もせずに成り行きでこれに応じてしまつたこと、

以上の各事実が認められ、〈証拠〉中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

三右認定事実によれば、原告は、太郎と被告との情交関係により、妻としての権利を侵害されたと認められるところ、右関係の発生時までの原告らの婚姻歴が七年、原告ら夫婦に子供が二人あること、現在原告ら夫婦が離婚の危機に瀕していること、問題の情交関係は、太郎が主導したものではあるが被告もさしたる反対をしなかつたという態様のものであること、太郎が原告ら妻子を残して被告の許へ走つたことにつき、原告に全く落度ないし帰責事由がないかどうかには疑義もあること等の前認定の本件に現われた諸般の事情を総合し、原告の被告に対する慰藉料請求権としては一五〇万円をもつて相当と認める(なお、太郎も原告に対して不法行為に基づく損害賠償義務を負うことが明らかであるところ、太郎の義務と被告の義務とは重なる限度で不真正連帯債務の関係にあり、いずれかが原告の損害賠償債権を満足させる給付をすれば、他方の債務は給付を免れる関係にある、と解される。)。

四よつて、本訴請求は、一五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年一二月八日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右の限度部分を認容し、その余の請求部分は棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言はその必要がないものと認め、主文のとおり判決する。

(裁判官岡光民雄)

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